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山口地方裁判所下関支部 昭和32年(ワ)51号 判決

原告 奥村左亀馬

被告 国

訴訟代理人 西本寿喜 外四名

主文

被告は原告に対し全一七二、九三二円およびこれに対する昭和二七年五月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、請求の趣旨として、被告は原告に対し全一七二、九七二円及びこれは対する訴状送達の翌日(昭和二七年五月二七日)から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担するとの判決を求め、請求の原因として

(一)原告は昭和二四年七月二八日訴外永瀬此二に対し金一五〇、〇〇〇円を、利息は年一割、毎月末日支払、弁済期は同年九月末日の約で貸与し、同訴外人から右債権の担保として、同人所有の下関市大字豊前田町字豊前田町一三九番地上に在る家屋番号第一五一番の四木造瓦葺二階建店舗兼居宅建坪階下二二坪五合二階六坪に抵当権の設定を受け同日設定登記を経由した。

(二)その後、右永瀬此二は原告に対し前記借受金の返済を為さず、抵当権付のままで右所有家屋を昭和二五年四月二七日訴外後藤若之助に売渡し、同日、同年二月二七日売買(この月日は真実に反す)を原因として所有権移転登記を完了した。

(三)しかるに、下関税務署収税官吏は右家屋の新所有者となつた右後藤若之助に対し同人の滞納国税徴収のため、昭和二五年一〇月一二日滞納処分として右家屋を差押え、公売の結果、昭和二六年四月一一日代金二四〇、〇〇〇円を以つて訴外田渕幸枝に売却を決定し翌一二日同人名義に所有権移転登記を経由し、右公売代金は全部後藤若之助の滞納税金並びに滞納処分費に充当した。

(四)しかしながら、原告は訴外永瀬此二に対する貸金債権の担保として、同人所有の前記家屋に低当権の設定を受けたのであり、その後永瀬からこの家屋の所有権を譲受けた後藤若之助は原告とは無干係の第三者である。無干係の後藤の滞納税金徴収のため原告の抵当権が無視せられる理はない。また、売買に際しても後藤は永瀬から右抵当債権額を控除してその金額だけ安い価格で買受けているのであるから、右公売代金はまず原告の抵当債権額に充つるまで原告に配当するのが当然の事理である。しかも、収税官吏が抵当権の設定ある不動産の差押を為す場合には税金額及び滞納処分費その他重要なる事項を抵当権者に通知し、優先権行使に必要な申出を為さしめる機会を与うべきであるのに本件差押、公売は抵当権者たる原告には何等の通知も為されずして行われ抵当権者に対する配当は皆無である。

(五)したがつて、右税務署の取得した公売代金中右抵当権の被担保債権額たる元金一五〇、〇〇〇円及び民法第三七四条所定の右金額に対する昭和二四年一〇月一日(弁済期の翌日)から同二六年四月一二日(公売による移転登記日)に至るまでの年一割(約定利率)の割合による一ケ年一九四日間に相当する遅延損害金二二、九七二円は原告に配当せらるべきであるに拘らず、右税務署はこれを原告に配当せず法律上の原因なくして訴外後藤若之助の滞納税金徴収として取得し、よつて原告に同額の損失を及ぼしたのであるから、被告国は原告に対し右不当利得金を返還すべき義務がある。よつて、原告は被告に対し右金員及びこれに対する本件訴状送達の翌日(昭和二七年五月二七日)から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及ぶと陳述し、被告の抗弁に対し

(一)訴外後藤若之助に被告主張の如く昭和二五年一〇月一二日(本件差押日)当時昭和二四年度所得税第一、二、三期分未納税、同加算税、同追徴税等合計金五六九、〇五八円の滞納国税が存していたこと及び国税徴収法施行細則第一九条所定の計算書の作成並びに公売代金の滞納税金充当日が昭和二六年四月一一日であることは争わない。

(二)被告引用の判旨は、抵当不動産の譲受人が譲受当時既に国税を滞納している場合に限り抵当権は国税に優先するも、譲受後譲受人に滞納を生じたときは抵当権設定後一年以内であれば低当権は国税に優先しないことを明確にしたものではなく、譲受の前後を問わず譲受人の滞納国税は低当権に優先しない趣旨を明かにしたものである。判旨は被告が右後藤の滞納国税は法定納期昭和二五年一月三一日を最終とする合計滞納額五七五、七五八円を主張せるに対し、後藤の本件不動産の譲受は、同年四月二七日であるところから、主として譲受前の滞納国税の優先を強く否定したまでである。また、右譲受が被告の訂正主張せる如く同年二月二七日であるとしても、その主張の同日から同年七月二七日までの後藤の滞納国税金二四七、五三九円は譲受後新たに生じた国税ではなく加算税、追徴税、督促手数料、延滞金等であつて、いずれも本税の滞納により派生した副産物であつて本税と運命を共にすべく、本税が優先しないのにこれ等が独立して優先する性質のものではない。また、被告は国税徴収法第三条の納期間は指定納期限をいい、法定納期限ではないと主張するが、一例を加算税にとつてみても、法定の納期限を経過した翌日から加算税を徴収しているのであつて、法第三条の納期限は法定納期を指すものと解すべきである。したがつて、訴外後藤若之助には本件譲受後新たに生じた滞納国税は存在していない。

(三)被告は訴外永瀬此二は昭和二二年乃至二四年分の県税等滞納があつたと主張するが、同訴外人には国税の滞納はもとより県税等地方税の滞納の事実はない。かりに少額の県税等の滞納があつたとしても、滞納処分に至らずして納付済である。抵当権と税金と競合する問題は、抵当不動産が競売又は公売せられた場合に何れが売得金を優先して受取るかにあつて、訴外永瀬の財産に対する滞納処分、又は競売手続における交付要求等の行われたことのない本件においては論議の余地はないと述べ、

被告指定代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として

(一)原告主張事実中、原告がその主張の頃訴外永瀬此二にその主張のように金一五〇、〇〇〇円を貸付け、その担保として同人からその主張のような低当権の設定を受けその登記を完了したこと、右永瀬此二が原告主張家屋を右低当権付のまま訴外後藤若之助に売渡し昭和二五年二月二七日売買を原因として(この月日が真実の売買日である)同年四月二七日所有権移転登記を経由したこと、下関税務署収税官吏が右後藤若之助に対する国税の滞納処分として前記低当家屋の差押、公売、登記を了し、公売代金二四〇、〇〇〇円を全部右後藤の滞納国税に充当(国税徴収法施行細則第一九条所定の計算書の作成並びに公売代金の充当日は昭和二六年四月一一日)したことは相違ないがその余の主張事実は否認する。

(二)被告は右後藤に対し昭和二四年度所得税第一期分法定納期限同年六月三〇日税残額金一五八、六三四円、同加算税金二七、七七〇円、同第二期分法定納期限同年一〇月三一日税額金一六五、三三三円、同加算税金七、四三八円及び同第三期分法定納期限昭和二五年一月三一日税額金一六五、三三三円、同加算税金三、三〇〇円、同追徴金四一、二五〇円、総合計金五六九、〇五八円(昭和二五年一〇月一二日現在)の国税債権を有していた。

そして、国税徴収法第三条によれば、抵当権の設定が国税の納期限より一ケ年前にあることを公正証書により証明したときは抵当権が国税に優先するのであるが、本件不動産に対する原告の低当権は昭和二四年七月二八日設定されたものであるから同条による優先権はない。原告は右の点について抵当権の設定者と滞納者が異る場合には国税は低当権に優先しない旨主張するのであるが、法第三条は国税は総ての他の公課及び債権に優先するとの同法第二条の原則を緩和し、国税は納期限より一ケ年前に設定した質権又は低当権に限り国税に優先することを定めた規定であつて、その設定者が納税人であるかどうかこれを問わない趣旨である。被告はこの見解の下に本件公売代金全部を右後藤に対する国税債権に充当(本件は滞納処分費は不要であつたから処分費に対する充当はない)したものであつて原告の主張は失当である。

(三)本件不動産が訴外後藤若之助に移転の登記が為されたのは昭和二五年四月二七日であるが、その原因は同年二月二七日売買を原因とするものであり右売買については予約期限を同年二月二七日とする売買予約を原因とした所有権移転請求権保全の仮登記が為されている。したがつて、右訴外人が本件不動産を譲受けたのは同年二月二七日であつて、同日以降抵当権設定より一年以内である昭和二五年七月二七日までの間において訴外後藤に対し新たに生じた滞納税額は合計金二四四、一三三円(内訳昭和二四年度第三期分一六五、三三三円、同加算税三、三〇〇円、追徴税四一、二五〇円、同督促手数料一〇円、延滞金一、一八〇円、利子税二四、八一〇円、延滞加算税八、二五〇円、以上法定納期限昭和二五年一月三一日、指定期限同年三月二二日)存しており、しかも本件公売処分の対象税金とされていたものである。これは法第三条の納期限は法定納期限を指すべきであるから、右金額は指定納期限が昭和二五年三月二二日と定められているので前記譲受後に生じた後藤の滞納国税というべきである。抵当権者は低当不動産を譲受けた第三者の譲受けの時以前の納期限に属する国税の滞納によつてさかのぼつて影響を受けないとしても、抵当物件譲渡後譲受人において新しく生じた滞納国税であつて抵当権設定後一年以内に納期限の到来したものについては法第三条の保護を受けないから本件公売代金を右滞納税金に充当し原告に配当しなかつたのはこの点からも正当である(本件につきなされた最高裁判所大法廷判決及び同小林裁判官の補足意見参照。)

(四)訴外永瀬此二が本件不動産に対し低当権の設定登記をしたのは昭和二四年七月二八日であるが同訴外人は昭和二二年乃至二四年度分家屋税及び付加税金三、七二四円、昭和二四年度分船舶税付加税二五、〇〇〇円合計金二八、七二四円及びこれに付随する延滞金等を滞納し、昭和二五年分固定資産税金一〇、一一〇円及びこれに付随する延滞金等の滞納地方税につき滞納処分が執行せられたことはないけども、かように抵当権設定当時設定者に少しでも税金の滞納があるか又は設定後一ケ年以内に少しでも税金の滞納が生ずれば抵当権者は法第三条の保護を受け得ないものと解すべきこと前記判例からも結論せられるから原告の主張はこの点からしても失当である。以上の次第で原告の請求に応ずることはできないと述べた。

証拠〈省略〉

理由

原告が昭和二四年七月二八日訴外永瀬此二に対し金一五、〇〇〇円を、利息は年一割、毎月末日支払、弁済期は同年九月末日の約で貸与し、同訴外人から右債権の担保として、同人所有の原告主張家屋に低当権の設定を受け同日設定登記を経由したこと、その後右永瀬此二は原告に対し前記借受金の返済を為さず抵当権付のままで右所有家屋につき訴外後藤若之助に対し昭和二五年二月二七日売買を原因として同年四月二七日所有権移転登記を完了したこと(但し原告は真実の売買は右登記日に為されたと主張する)、下関税務署収税官吏が右家屋の新所有者となつた右後藤に対し、同人の滞納国税徴収のため、昭和二五年一〇月一二日滞納処分として右家屋を差押え、公売の結果、昭和二六年四月一一日代金二四〇、〇〇〇円を以つて訴外田渕幸枝に売却を決定し、同日計算書を作成し右公売代金を被告主張の右後藤の滞納国税に充当し抵当権者たる原告には配当しなかつたことは当事者間に争のないところである。

そこで右の事実関係から、被告主張の国税優先の見解について考えてみるに、国税徴収法第三条により、特に国税に対し保護される所定の抵当権は、その適格として先ずその設定が所定の国税の納期限より一ケ年前に在ることを必要とするところ、ここに一ケ年前というのは、低当権設定当時における抵当権者と設定者(債務者であると第三者であるとを問わない)との関係を基本とし、設定者の納税義務を基準として考える趣旨の下に設けられた規定であると解するを相当する。従つて低当権者が本条の保護を受けるためには、先ず設定当時設定者に国税の滞納がないことはもちろん、その後さらに設定者が一ケ年内に国税を滞納しないことを必要とするが、右の要件を具備して抵当権者が設定者との関係において本条の保護を受け得べき適格を有している以上、設定者が一ケ年内に低当不動産を第三者に譲渡した場合、その第三者に既に国税の滞納が生じており、又右譲受後新たにこれが生じたことによつて右適格を失うものと云うことはできない。すなわちこれを要するに、低当権者が本条の保護を受け得べき適格は、抵当不動産の譲受人に関する事情によつて(すなわち、右譲受人に生じている滞納国税の発生時期ならびに金額を問題にすることなく)は、なんらの消長をきたさないものと解すべきである。

されば本件において原告は、本件不動産の譲受人である訴外後藤若之助に国税の滞納(すなわち、それが譲受の前後において生じたものであるか否かは問題でない)があることによつて、直ちに本条の保護を受ける適格を失い、その公売処分により抵当権が消滅するに至る結果を甘受すべきいわれはないものと云わねばならない。

したがつて本件の場合原告が低当権者として本条の保護を受ける適格を失つているかどうかは、前説明のとおり本件公売処分当時設定者である訴外永瀬に生じている国税ならびにこれに準ずる地方税等の滞納の有無ならびにその額を検討して、これを決すべきところ(けだし抵当権者は設定者に本条に該当する滞納が生じている額の限度において、これに優先しないものと解すべきであるから)、成立に争のない乙第四号証によれば、同訴外人は昭和二二年ないし同二四年度分家屋税、および同付加税、計金三、七二四円、同二四年度分船舶付加税金二五、〇〇〇円、以上合計金二八、七二四円と、これは付随すろ延滞金等(但し右金額は不明である)を滞納し、又昭和二五年度分固定資産税(これは低当権設定後一ケ年以内に滞納が生じたものであると推定されるが、その納期が不明であるので、金額は算定できない)を滞納している事実を認めることができるが、本件公売処分当時(昭和二六年四月一一日)における右各地方税の滞納額を確定するに足る資料はなく、仮に当時右金額(すなわちその額を認め得る金二八、七二四円)の滞納が現実にあつたとしても、被告の取得した本件公売代金は金二四〇、〇〇〇円であるから、右滞納額(金二八、七二四円)のみの優先をもつてしては、原告が本訴においてその返還を求める本件抵当権の被担保債権額になんらの影響を与えていないこと明らかであり、結局原告はいずれにしても本条の保護を受け得べき適格を失つていないものと云わなげればならない。したがつて、進んで被告坑弁の訴外後藤の滞納国税の内容を前記譲受の前後に亘り、仔細に検討判断を加うるまでもなく被告の国税優先の坑弁は排斥を免れない。

しからば、本件において下関税務署が取得した公売代金二四〇、〇〇〇円中、本件低当権の被担保債権額たる元金一五〇、〇〇〇円およびこれに対する民法第三七四条による最後の二年分の利息金等へ遅延損害金な含む)は、低当権者たる原告に配当すべきにかかわらず、これを為さずして訴外後藤若之助の滞納国税に充当したのは、被告が法律上の原因なくして不当に利得し原告に損害を及ぼしたものであるからこれを原告に返還すべき義務がある。そしてその金額は元金一五〇、〇〇〇円及びこれに対する原告主張にかかる昭和二四年一〇月一日(弁済期の翌日)から、同二六年四月一一日(国税徴収法施行細則第一九条所定の計算書の作成並びに公売代金充当日)に至るまで年一割(約定利率)の割合に、よる一ケ年一九三日間に相当する遅延損害金二二、九三二円合計金一七二、九三二円とすべきであるから、被告は右金員及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和二七年五月二七日から完済に至るまで年五分の割合による民事遅延損害金を原告に支払う義務がある。原告は不当利得金として元本債権金一五〇、〇〇〇円に対し公売による所有権移転登記日たる昭和二六年四月一二日迄の遅延損害金を請求するけれども右利息の計算は国税徴収法上公売代金充当日たる計算書作成の日まで計算すべきこと前説明のとおりであるから原告の右最後の一日分の遅延損害金の請求は認容できない。よつて、叙上認定の限度において原告の請求を認容し、訴訟費用は被告の担負と定め主文のとおり判決する。

(裁判官 福浦喜代治 高津環 植杉豊)

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